タイトルにも惹かれましたが、物陰からちょこんと顔を出している猫ちゃんの表紙がきになり購入した本です。でも内容は本当に今大事でやらないといけないことはなんですか?ということを問いかけているような・・・

主人公が世の中から、消したもの、消そうとしたものについて何を意味するのか、私なりの解釈として、最初に書いておきたいと思います。

電話=人間同士のつながりの象徴
映画=興味の象徴、欲望
時計=時の流れ過去~未来の象徴
猫 =絆の象徴

悪魔=自分の裏の心(生きたいと願う心)

電話から猫までは改めて考えると人間が生きていくうえでなくてはならないもの、主人公は、余命を告げられ、生きたいと願う気持ちをかなえるため悪魔?取引をし、次々と世の中から消してゆくが、猫を次に消しましょうと悪魔に告げられそこできづくのである。

気になった台詞

「世界から電話が消えたなら」 から

*「何かを得るためには、何かを失わなくてはね」主人公の亡き母の言葉

「世界から映画が消えたなら」から

*「映画ならどんな夢も具現化できる」 フェリーニ
*「私には傑作は残せなかった、だが人を笑わせた。悪くないだろ」 チャップリン
*「ほとんどの大切な事は、失われた後にきづくものよ」 主人公の母

「世界から時計が消えたなら」から

*「母さんを本当に覚えていないのか?」主人公がキャベツに問う
 「それは誰でござるか?」対し悪魔?に話せるようにしてもらった猫のキャベツの答え 

「世界から猫が消えたなら」

*「人間と猫はもう1万年も一緒に生きてきたのよ。猫とずっと一緒にいると、人間が猫を飼っているわけではなくて、猫が人間のそばにいてくれているだけなんだっていうことが、だんだん分かってくるのよ」 主人公の母の言葉

主人公は結局猫は自分の寿命(延命)と引き換えに消す事はできなかったのですが、余命がいくばくもないにしろ、長期の治療で治るにせよ、やっておかないといけないことがあるはず、心残りを現世に置いていかないためにも・・・。そう感じました。

主人公の場合は、キャベツの今後の世話、父との和解しなければいけないことにきづきます。その後主人公がいい医者を父と一緒に見つけ余命をはねのき生きる事ができたのか?それとも医者が告げたとおりの余命で亡くなったのか想像するしかないのですが・・・読まれた方はどう思われますか?